知的謙虚さ
組織、グループをまとめるというのはとても大変な労力を伴います。たった2人で話をしていても人はそれぞれに違った背景を持ち、違った思考展開をし、違ったバイアスがかかるので「総論賛成、各論反対」となる事などしょっちゅうでしょう。
ましてや5名、10名、さらには20名や50名といった大きなグループになると言わずもがな100%同じ意見や方向性になる事はまず無理です。
今回は「グループをまとめる」ことについて、事例を交えて「どのような展開が望ましいか」、その思考展開を考えてみようと思います。
■ ベンジャミン・フランクリンの演説
「アメリカ合衆国建国の父」と呼ばれるベンジャミン・フランクリン、合衆国憲法の草案をまとめた人物として有名です。
もちろん結果は(世界史等、歴史で学ぶように)提出された憲法草案が過半数の賛成を得て成立。その歴史的偉業は今でも賞賛されています。
しかしそのときの議論の進行はまさに喧々諤々でした。
その議論をまとめる決定打となった、ベンジャミン・フランクリンの最終演説は以下のようなものだったとされています。
「実はこの憲法草案のなかには、現時点で私自身が納得していない部分が複数、ある。しかし今後も納得することがあり得ないとは言い切れない。長く生きていると重要な問題について一度は正しいと思ったことでも後からより良い情報が得られたり、あるいはじっくり検討した結果、間違っていたことがわかり意見を変えざるを得なかったりしたことが幾度もあった。このため齢を重ねるほど、自分自身の判断を疑うようになり、また他人の判断を尊重するようになった。」
「ここに集う人たちがそれぞれの価値観、情熱を持っているのは当然だ。しかし、そうだからこそ一人ひとりが自分の判断が誤っているのではないか、と考えてほしい。」
「この草案に異論のある方が、この機会に私と共に自らの正しさを僅かでも疑い、我々の合意を世に知らしめるためにこの文書に署名してくださることを祈念する。」
■ 知的謙虚さ とは、正しいと信じる気持ちと、過ちはないかと疑う気持ち
上記ベンジャミン・フランクリンの事例ほど大きな対立をまとめることはないにしろ、日々グループ内ではいろいろな意見と対立が生まれます。この対立を建設的に前向きに進めていくには、その構成員に優れた判断力、知的謙虚さ、そして心の広さが求められるでしょう。
一人ひとりが違った意見を持つことはある意味健全な状態です。しかし組織、グループではその対立を残したままで進むわけにはいきません。その時に自分の価値観を優先しては組織に火種を残すでしょうし、また他者の意見ばかり優先しても「本当にそれがいいのか?」という疑問を自分自身に残します。
結局は意見の対立があった場合は「参加者それぞれが『自分にはバイアスがあること』を自覚して、他者の意見の意味や「なぜ彼はそのように言うのだろうか」と考える視点を持つことが必要なのです。
「自分の意見の正しさを確信するとともに、自らの過ちの疑念を持つ」、優れた判断は知的謙虚さと心の広さから導かれます。
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